農村環境事業関連

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■選考総評
 
東京にも大雪が降りました。電車が停まってしまうかもしれないので夕方も早めに郊外にある家に帰りましたが、途中、電車の窓の外の光景が印象的でした。
窓枠を一つの画面と見立てると、その構成がじつにうまく出来ているのです。雪は追加された建て増しのような風景をもたらしているのではなく、まさに天の配剤の妙に感服させられる風景を作り出しているのでした。窓外に飛び去って行く丘陵や斜面をいつもは残された自然として見ていましたが、そのときは精緻に作られた舞台装置のように思えたのです。
大きなスケールで考えれば、人間は目に入るものの多くをその感覚や憧れによって作り変えてきたのだといえます。桜だって、あの美しい吉野桜は修験道の山伏によって愛でられ選ばれ改良されてきたのだといわれます。桜は日本人の感性を形成したといわれますが、同時に感性に合った桜を選んで育成してきたともいえるわけです。
窓外の風景もきっと人の感性に合せて作られデザインされてきたものだろう、そういう感慨を抱きながら雪のせいでいつもより日が延びた郊外の風景を見やって車中を過ごしました。
「私の好きな日本の農村」フォトコンテストも6回目になりました。今回の主題は「棚田」でしたが、たくさんの応募作を拝見しながら私を覆った感慨は、雪の日の窓外の風景への感慨と同じものだったと思います。
棚田はもちろん愛でるためにつくられてきたものではありません。しかし長い時間を経て、棚田は棚田以上のものに成ってきたことはたしかです。
社会が自然の中に見るものは社会自体の本性によって変化するのだといわれます。そうすると、いま私たちにとって自然とは何かを知ろうとすることは私たち自身のアイデンティティーを考えることに他ならないことだとも思えます。そういうことを念頭においてみると、コンテストの応募作はじつに饒舌です。(そういう饒舌さを発見することも、写真を見る楽しみな点だと思います)。
それにしても、農村の風景には若い人の姿がじつに良く似合うものだと改めて思いました。緑や成長、収穫という大きなサイクルの世界が、知らず知らず若い人たちの姿になぞらえてみる習慣を私たちにもたらしているからかもしれません。子供たちもまた生産ということとは別のところで棚田の世界に溶け込んでいると思いました。
なお今回は、北海道、東北の各地からの応募が少なく不思議でした。しかし「棚田」はそちらには稀な形なのだと気づき、納得した次第です。北海道出身の私は子供の頃、棚田というのは観光用に作られたものだと思っていました。広大な田の風景も私にはかけがえのない農村の記憶ですが、小さな日本なのにさまざまな風景が存在するものです。そういうディテールを発見できることもこの公募展に参加する私の楽しみです。
たくさんの熱心な写真を、ありがとうございました。
(柳本尚規)






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